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芭蕉の葉色、

  第八  芭蕉の葉色、秋風を笑ひて籬を蓋へる微かなる住家より、ゆかしき音の洩れきこゆるに、仇心浮きて其が中を覗ひ見れば、年老いたる盲女の琵琶を弾ずる面影凛乎として、俗世の物ならず。その律調の端正なること、今の世の浮華なる音楽に較ぶべからず。うれしき事に思ひぬ。      第九  紅葉館は我庵の後にあり。古風の茶亭とは名のみにて、今の世の浮世才子が高く笑ひ、低く語るの塲所なり。三絃の音耳を離れず、蹈舞の響森を穿ちて来る。その音の卑しく、其響の険なるは、幾多世上の趣味家を泣かすに足る者あるべし。紳士の風儀久しく落て、之を救済するの道未だ開けず。悲いかな。      第十  わが幻住のほとりに、情しらぬもの多く住むにやあらむ、わがうつりてより未だ月の数も多からぬに三度までも猫を捨てたるものあり。一たびは朝早く我机辺に泣くを見出し、二度目には雨ふりしきる日に垣の外より投入れられぬ。三度目は我が居らざりし時の事なれば知らず。浮世の辛らきは人の上のみにあらずと覚えたり。      第十一  今の世の俳諧士は憐れむべきものなるかな。我庵を隔つること杜ひとつ、名宗匠其角堂永機住めり、一日人に誘はれて訪ひ行きつ、閑談稍久しき後、彼の導くまゝに家の中あちこちと見物しけるが、華美を尽すといふ程にはあらねど、よろづ数奇を備へて粋士の住家とは何人も見誤らぬべし。間数も不足なき程にあれば何をか喞つべきと思ふなるに、俳翁頻りに其狭陋なるをつぶやきて止まず。一向に心得ねば、笑つて翁に言ひけるやう、御先祖其角の住家より狭しと思すにやと。俳士をして俗に媚ぶるの止むを得ざるに至らしめたるものあるは、余と雖之を知らぬにあらねど、高達の士の俗世に立つことの難きに思ひ至りて、黙然たること稍しばしなりし。 (明治二十二年十月)被リンク

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